法務note
Q 相続人等に対する売渡請求権(会社法174条)
1 総論
会社は、譲渡制限株式について、相続その他一般承継によって取得した者に対して、当該株式を会社に売り渡すことを請求できる旨を定款で定めることができる(会社法174条)。譲渡制限株式の譲渡制限は、売買等の特定承継に適用され、相続等の一般承継には適用されない(会社134条4号)が、このような定款を設けることによって、相続等の一般承継によって会社にとって好ましくない者が株主として参画することを防ぐことができるようになる。
2 定款
相続人等に対する売渡請求権を行うためには、定款での定めが必要である。新たに設ける場合には、一般の定款変更同様、特別決議を要する(会社法309条2項)。
Q 定款を設けることができる時期
定款を設けることができる時期、すなわち、株主の相続等が生じた後に相続人等に対する売渡請求権を設ける定款変更をして、相続人に対して売渡請求をすることができるか。肯定説 東京地裁平成18年12月19日決定(資料版商事法務285号154頁、相澤哲編著「Q&A会社法の実務論点20講」14頁
反対説 伊藤雄司「会社法コンメンタール4-株式(2)」(商事法務)121頁)
3 株主総会決議
相続人等にこの売渡請求をするためには、その都度、株主総会の特別決議によって、
① 売渡請求をする株式数
② その株式を有する者の指名
を定める必要がある(会社法175条1項、309条2項3号)。売渡請求権の相手方となる相続人等には、その株主総会おける議決権行使が認められていない(会社法175条2項)のは、特定の株主からの自己株式の取得の場合と同じである(会社法160条4項)。
Q 一部の株式のみを対象とすることができるか
肯定(伊藤雄司「会社法コンメンタール4-株式(2)」(商事法務)123頁)
理由 ① 会社法175条1項1号は、一部の株式を対象とすることができることが前提
② 財源規制(会社法461条1項5号)があるため、一部の取得を認めないと不合理
「株式を有する者の氏名」
相続人が複数の場合、株式は相続人らの準共有となる。後に遺産分割協議等により最終的に株式を取得する者が確定することになると思われるが、会社にとって知り得ない情報である。よって、株主総会決議では、相続人全員から買い取ることが可能なように、全員の氏名を定める必要があると思われる。なお、準共有者の一部のみに対する売渡請求も可能とする判例もある(東京高裁平成24年11月28日判決資料版商事法務356号30頁)。
特例有限会社の場合の特別決議について、「Q 特例有限会社における特別決議」。
4 請求期限
この制度は、相続人等の一般承継人の同意なく、強制的にその株式を取得できるので、一般承継人保護の見地から、相続等があったことを知った日から1年以内に、株主総会の特別決議を経て請求する必要がある。この請求により売買契約が成立することになる(但し、後述5)。
なお、株券発行会社の場合、株券の交付がなされない限り、売買契約の効力が生じない(会社法128条1項)。そのため、相続人等の一般承継人から任意の交付が為されるか、又は、株券引渡に係る債務名義を取得し、直接強制(民事執行法169条)又は間接強制(同法173条)が功を奏しないと株式譲渡の効力が生じない。よって、株券発行会社が、相続人等に対する売渡請求の制度を導入する場合、株券不発行会社にしておく必要性がある(高村隆司「相続人等に対する売渡しの請求(会社法174条)に関する実務的研究」(金融法務事情2149号31頁))
Q 「知った日」
相続の場合、この「知った日」について、特定の相続人が相続によって取得したことではなく、被相続人の死亡の事実を会社が知った日と解されている(東京高裁平成19年8月16日決定資料版商事法務285号146頁)。
5 売買価格の決定方法
株式の売買価格は、一次的には当事者間の協議による(会社法177条1項)が、協議によって決まらない場合には、売渡請求の日から20日以内に、裁判所に売買価格決定の申立をする必要がある(会社法177条2項)。この期間内に売買価格決定の申立がないときには、売渡請求の効力は失われることになる(会社法177条5項)。よって、売渡請求の実現を図る会社が、事実上、売買価格決定の申立をしなければいけないことになる。
6 財源規制
会社の純資産から資本及び法定準備金等を控除した額(分配可能額)の範囲内でのみ株式の買い取りを行うことができる(会社461条1項5号)。これを超える売渡請求がなされた場合は、無効と解される。
但し、裁判所が売買価格を決定する場合には、この財源規制には服さないと解されている(「新・類型別会社非訟」(判例タイムズ社)131頁)。
7 相続人等に対する売渡請求権の制度の導入の当否
なお、この制度は、諸刃の剣と言われており、導入については慎重に判断をすることが必要となる。