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氏名冒用訴訟 4

学問のすすめ

翌朝9時45分頃,横浜地裁の○○号法廷。

 

当時,横浜地裁は建替中で,少し離れた場所にある横浜家庭裁判所の駐車場に建てられた仮庁舎でした。

 

○○号法廷の傍聴席入口の扉は開放されており,中をのぞくことができました。

 

被告席側の傍聴席に金貸しBが座っていました。Bは法廷の外にいる私たち3人を見つけ,目をまん丸くし,明らかに動揺していました。そして,Bは,原告席側の傍聴席に移り,原告席側の傍聴席に座っていたC弁護士の耳元で何かを囁きかけていました。

 

それと同時に,ボスがC弁護士に話しかけたのです。
ボス「すみません。C弁護士ですよね。ちょっと,お話があるので,法廷の外の待合室にいいですか。」

 

待合室にて
ボス「先生。失礼ですが,この裁判,誰から依頼を受けてやっているのですか?」
C「え?…」
ボス「先生。私の横に立っているのがAですよ。」
C「え?…!……。でも,実印をついた委任状があるぞ…(震えた手で記録をパラパラめくっている)…。あぁ,横浜の麻雀屋で会っただろう。」
A「会ってないよ!」
(パラパラめくっている記録から「和解条項(案)」が見える。)
ボス「今日,和解成立予定なのですか?」
C「うん。自宅は返して貰い,お店は向こう(金貸しB)にという内容だから,なかなか良い和解案だと思うよ。」
ボス「そういう問題ではないでしょう。 先生。先生の名誉のために,この事件,自ら辞任してください。」
C「なんで辞任しなければいけないんだ。」(顔が真っ赤になる)
ボス「いや。先生の名誉のためです。辞任してください。」
C「辞任なんかしない。…」

 

「すみません。AさんとBの事件が始まりますので,法廷にお入り下さい。」
書記官がC弁護士を呼びに来たので,C弁護士は法廷に戻ってしまいました。

法廷内
裁判官「C弁護士。この事件は色々あるようですが,どうされますか。」
C「ちょっと,色々あるので,…。とりあえず本日の期日は延期して下さい。」
裁判官「でも,Aさんから先生の解任届けが提出されてるのですが…。」
C「えっ!……じゃ,辞任します。」
C弁護士は,これを言って逃げるように法廷から去ってしまいました。

 

私たちは,事前にA名義で裁判所宛に,経緯とC弁護士が無権代理である旨を記載した上申書と,念のために解任届けを提出しておいたのです。

裁判官「(法廷の傍聴席で立っていた我々3人に向かって)この事件はどうしますか?」
私「Aから我々が訴訟委任状をもらっているので,今,訴訟委任状を提出します。そして,この事件を追認して,訴状を陳述します。」
Bの弁護士「なんか,複雑な事情があるようですが,とりあえずこの訴訟は取り下げして,仕切り直しされたらいかがですか。」
私「いえ。追認して,この訴訟は維持します。印紙代もったいないですから。」

 

そもそも無権代理人(C弁護士)が起こした訴訟提起等の訴訟行為は,無効と考えられています。
ですが,無効な訴訟行為であっても,本人(A)がそれを後からでも認めれば(「追認」といいます。)有効な訴訟行為になるのです。
私達は,事前にAから訴訟委任状をとり,C弁護士が辞任又は解任で降りた後に,訴訟委任状を裁判所に提出し,そして,この訴訟提起自体は「追認」して,この訴訟を維持しようという作戦を練っていたのです。
訴訟提起をする場合,訴状に決められた金額の印紙を貼らなければいけません。本件では,1億円近い不動産に関する訴訟でしたので,その印紙代も20万円近く必要でした。追認をすれば,この20万円近い印紙をそのまま使えるし,私が訴状を起案しなくてもいいというメリットだらけだったのです。
この印紙代を誰が支払ったのか(Bなのか,C弁護士なのか)わかりませんが,当然,後から返せとは言われることはないですよね。

 

更に,追認をする一番の利点は,このような氏名冒用訴訟をやられたということを,裁判官の目の前で暴いたので,その裁判官にこの事件を処理して貰える(有利に斟酌される)ということでしょう。

 

金貸しBは,AがBに訴訟を起こしたように装い,和解を成立させてしまおうという魂胆だったのでしょう。ところが,その訴訟手続を,本物のAにいいように利用されてしまったので,Bについていた弁護士さんも,
「無権代理の先生が起こした訴訟を追認するなんて,いかがなものかと思いますが。取り下げしたらどうですか。」
と,しきりに訴え取下をさせようとしていたのです。

 

作戦どおりにことが進んだので,ものすごい達成感に充たされて裁判所を後にすることができました。
ボスも,「17年弁護士やっているが,こんなことは初めてだよ。」と少し興奮していました。

 

事務所に戻ると,ボス宛にC弁護士から電話がありました。
C弁護士「いやいや,先ほどはびっくりしましたよ。」