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応召義務
医師法19条1項は、「診療に従事する医師は、診療治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」と規定し、これを医師の応召義務(「応招義務」と表記する場合もあります。)と呼んでいます。歯科医師、薬剤師や助産師にも同様の規定があります(歯科医師法19条、薬剤師法21条、保健師助産師看護師法39条1項)。
よって、医師は、原則として、診療治療を拒んではいけないことになります。
では、例外的に、診療治療を拒むことができる「正当な事由」とは、どのような場合をいうのでしょうか。
この点について、旧厚生省は、医師が不在とか、病気等により事実上診療が不可能な場合に限るとかなり限定的に解釈をしています(但し、昭和30年の回答です。)。
どのような場合に「正当な事由」があると判断されるかは、個別具体的な事情によって判断をしなければいけません。
例えば、診療受付時間外の場合であっても、それだけで「正当の事由」にはならず、施術の緊急性があるような場合には、「正当な事由」はないと判断される可能性が高くなります。
同様に、専門外、未経験、満床、治療費を支払わない場合も、これらの事由のみで直ちには「正当の事由」には該当しないので注意が必要です。
では、この応召義務に違反をするとどうなるのでしょうか。
現行の医師法上は、応召義務違反に罰則は定められていません。
しかし、医師法第7条にいう「医師としての品位を損するような行為のあったとき」にあたり、義務違反を反復するような場合には、医師免許の取消又は停止が命じられる場合もありえます。
私法上の効果はどうでしょうか。すなわち、正当な事由がないにもかかわらず、診療を拒否された場合、医師ないしその病院に対して、損害賠償責任を問えるでしょうか。
医師の応召義務の性質について、争いありますが、医師の公共性及び免許制度による業務の独占という両面から捉え、公法上の義務と考えるのが判例通説です。
よって、医師の応召義務違反があったからといって、直ちにそれが不法行為になるとは考えられていないようです。
しかし、千葉地裁昭和61年7月25日判決(判例タイムズ634号196頁)や神戸地裁平成4年6月30日判決(判例タイムズ802号196頁)は、医師が診療拒否によって患者に損害を与えた場合には、医師に過失があるとの一応の推定がなされ診療拒否に正当事由がある等の反証がないかぎり、医師の不法行為責任を肯定しています。
これら判例は、応召義務違反が不法行為責任となるか否かについて、過失の問題として構成していますが、東京地裁平成17年11月15日判決(LLI/DB 判例秘書登載)は、「この行為(診療拒否行為)が社会通念上許容される範囲を超えて私法上も違法と認められ,これによって原告の何らかの権利又は法律上保護される利益が侵害された場合に初めて不法行為の成立を認める余地があると解するのが相当である。」と診療拒否行為の違法性の問題として構成をしているようです。
前記の千葉地裁や神戸地裁を前提にすれば、医師に診療拒否行為があれば、医師側が正当の事由の存在を反証するということになりそうですが、この東京地裁の考え方を前提にすると、診療拒否行為があったからといって直ちに私法上の違法にはならず、更に「社会通念上許容される範囲を超える」ことを基礎づけるファクターを、不法行為責任を追及する側が主張立証しなければならないということになりそうです。